現在、私は自然ガイドをしています。その前は研究者でした。
研究分野は昆虫の生理学からスタートし、生化学、分子生物学、免疫組織化学、化学生態学と専門が変化していきました。
初期の頃の研究材料はカイコでした。カイコと聞きますと、
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今どき古い
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養蚕業は衰退している
と言われることもあります。
ところが、実験動物としてのカイコは、マウス、キイロショウジョウバエ、線虫などの実験動物と比較して、異常な特徴があります。すべての個体が、同じ日に孵化し、同じ日に幼虫脱皮をし、同じ日に蛹化し、そして、同じ日に成虫になります。
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そう、カイコの一生は40日近くあるのに、個体群の中の1個体1個体の成長は1日もズレないのです
この特徴から、カイコは、ピンポイントの発育時期に特異的に発現する遺伝子や蓄積するタンパク質を生理学、分子生物学、生化学の3つ視点から同時に解析できる稀有な動物なのです。
今日は、「東京農工大学のカイコを研究している先生の研究室を見学してきました」と題してのお話です。
東京農工大学
国立大学法人である東京農工大学は2つのキャンパスで構成されています。素人の分類で申し訳ございませんが、農学系は府中キャンパス、工学系が小金井キャンパスとなります。
私の研究者時代に深く関わった方々(私を教えてくださった先生、共同研究者、アメリカ時代に同じ分野で活躍された先生)は、なぜか東京農工大学出身でした。
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繋がりがとても深い大学でしたね
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カイコの研究室
今日は、東京農工大学農学部生物生産学科蚕学教育研究分野の蚕学研究室の横山岳教授のところへ訪問しました。
横山先生は、「倍数体、モザイク個体を用いた遺伝解析」、「単為発生、雌核発生、雄核発生の解析」、「分子マーカーを利用した染色体構成の解析」などの業績で知られています。
養蚕業から学問に発展した養蚕学は、生糸を得るために様々な系統を作り出す過程で、遺伝学の発展にも貢献してきました。先ほどカイコの生涯は40日と書きましたが、この長い日数にもかかわらず、横山先生は地道に研究を続けてきました。
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横山先生の世界初の実験
また、横山先生は面白い実験をしています。
カイコはオスとメスがありますね。通常は他の動物と同様に交尾して次世代が生まれます。
ところが、カイコは人為的にそれ以外の方法、未受精卵から幼虫を得る方法が知られています。加温すると胚発生がかってに始まるのです。
これまで、その生物学的意味がずっと解りませんでした。その答えの一つを世界で初めて見せたのが横山先生です。
先ほど加温で未受精卵の胚発生が始まることを書きました。もう一つ、カイコの卵は変わった特性があります。
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塩酸にさらされてもある程度耐えられるのです
カイコは卵で冬眠(正しくは休眠)するのですが、この卵を塩酸処理をすると冬眠が打破されることが知られています。
そこで、横山先生は加温の条件と酸性の条件の意味を考えました。そこで思いついたのが、生き物の胃袋の中。
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もし、交尾していないカイコのメスが、鳥に食べられたらどうなるか・・・?
突拍子もないアイディアです。でも、現役時代に発表を聴いて私はとても驚かされました。
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鳥類の体温は40˚C、胃酸のpHは1-2。特に野鳥は体を軽くするために、食べたらすぐに糞として排出します。
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誰も気が付きませんでしたが、とても理にかなっていたのです
横山先生は誰もやらなかった挑戦をしました。そして、その結果・・・。
神様はこの異常な挑戦に応えました。野鳥に未交尾のカイコのメスを食べさせますと、糞として排出されたカイコの卵は期待通り、孵化したのです。
学会会場で初めて聴いたとき、私は手が痛くなるくらい拍手しました。
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卵から孵化したカイコの一齢幼虫(イメージ写真。横山先生の実験とは別のものです。)
横山先生と昔話に花を咲かせました
私もカイコの元研究者でしたので横山先生のお名前は存じていました。私が横山先生と知り合いになりましたのは、私が研究者としてのキャリアのほぼラストのときでした。
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先生は、私がふらふらとしたポジションでしたので、気にかけていらっしゃったそうです
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君はいい先生に囲まれていて、本当に恵まれていたんだよ
お世話になった先生方々のお名前が次々出てとても盛り上がりました。
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私は、今、子供たちに科学を教えています。科学教室というよりも、大学の研究室と同じように未知を子供たちと探求しています。
私は、それを「研究教育」とよんでいます。「ドキドキ」「ワクワク」などという甘い言葉は一切許さない、自身の限界に挑戦する、本物の研究から人の成長を促す教育です。
子供たちが書いた論文を手渡し、横山先生に読んでいただきました。
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やりすぎ(笑)
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でも、研究ってこうですよね
横山先生は笑われていらっしゃいました。
横山先生、今日はお忙しい中、私に会っていただいてありがとうございました。都心からは遠く離れた八丈島に住んでいますが、機会がありましたら、また伺います。
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東京農工大学の圃場
東京農工大学には取材ルールがあります。写真や内容などは限定して公開しました。
ブログの更新はしばらく不定期になります。
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