私は、八丈島で兼業で自然ガイドをしています。ですが、ガイド以外に、来島した理由の一つに、
子供たちの科学教育に貢献して欲しい
という八丈島のある方からの強い希望がありました。今から約4年前でした。初めて会っていきなりのお願いでした。
今日は、「私の子供たちの科学教育について」についてのお話です
「子供たちの科学教育」と聞いて、私はとても抽象的な言葉だと思いました。何をしたらいいのかよく分かりませんでした。
頭のいい指導者は、子供向けの科学実験の本、TV、ネット記事と検索して、実験を組み立てます。これも科学教育プログラムです。
先生が準備し、理路整然と説明し、それから、子供たちが実験して、派手な結果を出して、喜ぶ。そういう流れです。
一つの科学教育です。
ただ、自身の経験からですが、前人未到のところに足跡を残した時の喜びは、書かれた事象を追うレベルとは比べものになりません。
果たして、自身が経験したことを、子供たちに伝えることができるのだろうか・・・?
不安でした。
そして、八丈島に来島してから、私は科学のクラブの運営を任されました。そこで、子供たちを使った社会実験(行動観察)をしました。
「子供」といっても千差万別です。学校の勉強ができる子から、学校の勉強のレベルが低学年で止まっている子までいました。
もし、上述の科学実験を計画していたら、理解度の高い上位の子だけが満足し、学校の勉強ができない子は外されてしまいます。
弱者保護の立場ではなく、人間社会を考えてみてください。私たちは様々な分野、様々なレベルの人の集合体です。
誰かが壁にあたったら、他の誰かが突破します。そして、全員天才でなくても問題は解決できます。
これは、東京ヤクルトスワローズの監督だった故野村克也氏の考え方です。一芸が秀でる個を集め、チームを作り、問題を解決する。私もその考え方を理想とし、研究チームを作って成果をあげてきました。
その経験を子供たちにぶつけてみました。文章執筆が得意な子、実験デザインが得意な子、コツコツと実験をするのが好きな子、何もできないが突拍子もないアイディアを思いつく子・・・。
見方を変えたら、たくさんの輝きが見えてきました。宝の宝庫でした。
全員の長所を集めれば、それぞれの短所を補うことができます。そして、子供たちがお互いに横目を使って仲間を見ることによって、改善できる短所は自然と修正してくれます。
学校の先生ほどではないにしろ、研究と人間教育の両方が成立するのではないかと思いました。
子供たちからは、
テレビやYouTubeでやっているような、〇〇の実験をやりたい
と毎回リクエストがありました。しかし、私は全て断りました。それは、彼らの要求する実験は全てどこかに書かれてあるからでした。
私は、
研究は書かれていないことをすることです
毎回彼らに説きました。
ダンゴムシが迷路での行動の話を子供たちにしました。この話をしたら、子供たちは、いい食いつきをしました。勉強のできる子は「交替性転向反応」の話を私に説明してくれました。
ダンゴムシの「交替性転向反応」は、本でもネットでも、色々なコンテストでも出てくるお話です。しかし、野外では起きるでしょうか?
子供たちに質問しました。
起きる!
起きない!
色々な答えが返ってきました。私は観察したことがありますが、実は、ダンゴムシは野外では迷路のような交替性転向反応のような行動はしません。
え~!
迷路での「交替性転向反応」は、言葉の一人歩きしています。しかし、当たり前のすぐ横には、当たり前でない現象がよくあるのです。
ここで、子供たちの多様さが表に出てきます。野外と同じ結果になるような、色々な実験のアイディアを出してきました。
私は
面白いね
やってみようか
というセリフだけ言い続けました。なぜなら彼らの実験が世界初なので、科学者として否定できなかったからでした。
子供たちの実験が全て終了した後、それらは予備実験だということを伝えました。顔つきが真面目になっていきます。
ここからが本番です。子供たちに説きました。
- 材料と方法は固定
- 平均値、標準偏差、統計処理による結果の再現性の確認
- まったく新しい研究では、何が起きるかわからない
- 先が読めないので、筋道を立てた研究はできない
- 仮説は立てられない
- 実験の順番はバラバラでいい
- 論文を書くときに、各実験の発表順を決め、言葉でつなげる
要は、昔の日本人研究者が得意とした、高い実験技術の繰り返し実験を子供たちに求めました。予備実験の中で研究として面白そうなものを選び出し、全員で実験しました。
学校の勉強ができる子は文章を、科学が大好きな子は実験デザインを、実験が好きな子はいかに繰り返し実験を楽にやり遂げるかを考えました。そして、私はそれぞれの子に目を向け、問題点の指摘と、解決できなければ自分で手を動かして問題点を自ら確認し、子供たちと共有しました。
この研究は3年かかりました。膨大な量の実験の結果、子供たちは、大学の学部レベルをはるかに超えた内容の結果と考察を出してきました。
小学生の子供たちは、自身で何をやり遂げたのかはわかっていないと思います。でも、彼らが大学に入り、大学院に入り、研究室に入ったら、その価値を理解してくれると思います。
そのときは、小学校でやった実験結果を発展させ、行動学、解剖学、神経生理学、分子生物学、生物化学、結晶生物学の分野を結集して、因果関係を明らかにしてもらいたいです。そう、彼らは小学生でありながら、前人未到の世界にすでに足を踏み入れていますので。
冒頭の八丈島の方から、科学教育に関して私に何をゴールとして求めてられているのかは分かりません。ですが、機会がありましたら、今後も子供たちに「未知への探求」の悩み、悲しみ、苦しみ、忍耐、そして爆発的な喜びを伝えられればと思っています。