宮崎学先生著の「森の365日 宮崎学のフクロウ谷日記」を読みました

生活

今日は2025年6月24日。八丈島には台風2号が近づきつつあります。

そのため、八丈島周辺のうねりの影響で中之郷(藍ヶ江)漁港は通行止め、東海汽船の定期便は欠航が決まっています。

現在、台風2号の中心気圧は1,004 hPa。勢力は弱いことから明日には熱帯低気圧に変わると予報されています。


雨が降る可能性もありましたので、念のため、昨日のうちにトレイルカメラを回収してデータを整理していました。

今でこそ、性能の良いトレイルカメラは安価で入手可能です。

しかし、昔は自作でした。それを知ったきっかけが写真家の宮崎学先生でした。

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今日は、「宮崎学先生著の「森の365日 宮崎学のフクロウ谷日記」を読みました」と題してのお話です。


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写真家、宮崎学先生

大学の学部生のときの私は、野鳥写真家になることを夢見ていました。本屋さんに行っては、野鳥や野生動物の写真集を眺め、バイトでお金が貯まりましたら購入していました。

宮崎学先生の名前を知ったのはちょうどその頃です

当時の写真は野生動物の風景写真が主流で、掲載の場がカレンダーのような場所が多かったです。その撮影方法は今でも通じますね。

宮崎学先生は、写真家としては少し変わった道を歩みました。長野県の自然の中で育ち、生きた野生動物の知識を集め、精密機器メーカーに務めながら、休日になりますと自分の身近なフィールドで撮影していました。

宮崎先生は、木を登りましたし、危険な崖を降りることが必要であればザイルワークを学び、人間が行けるところはどこまでも行きました。

そして、その活動の中で撮りたいシーンが浮かび上がってきました。

フィールドを歩くと必ず見られる野鳥や動物の痕跡。そこに「センサーを持つカメラを仕掛けたら、被写体自身がシャッターを切り、今まで見られなかった世界が撮れるのではないか?」という発想でした。

長野県の自然は晴れの日だけではありません。雨の日も雪の日もあります。

普通に置いているだけではカメラが壊れるだけです。宮崎先生は、精密機器メーカーに務めていた経歴を活かし、センサーユニット、カメラ、レンズ、スピードライトが過酷な自然の中で耐えられるよう手作りのハウジングに入れ、自動撮影達成のための試行錯誤を始めました。

観察眼と弛まない努力の積み重ね、高価で精密機械のカメラをフィールドに野ざらしにするという常識外れの発想から写真集「けもの道」は生み出されました。

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そのあと、次々と写真集を精力的に発表し、「鷲と鷹」では日本の全種類の猛禽の撮影を初めて成功し、「フクロウ」では3年近くも昼夜逆転生活の末、手持ち撮影と自動撮影を組み合わせて2025年でも遜色のない唯一無二の作品を発表されました。

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「森の365日 宮崎学のフクロウ谷日記」について

先日、私は八丈町立図書館へ行きました。そのときに借りた本が宮崎学先生著の「森の365日 宮崎学のフクロウ谷日記」でした。

この本は、写真集「フクロウ」の写真を撮影した当時の日記です。つまり、撮影時のたくさんの裏話が書かれてありました。

樹齢200-300年のアカマツの巣、フクロウ谷、2つの小屋、友人たちの協力、2本の止まり木、センサーやモニターカメラ、4,500 mの電源ケーブル、昼夜逆転の3年間、フィールドの生の声・・・。

これらは文字で書かれてあります。当たり前ですが、宮崎先生が体験した全てを知ることは出来ません。

同じ体験は出来ません。

むしろ、未知の入口になんとなく立たせてもらうような本です。フィールドに出て、注目すべきポイントは書かれていますので、実践のヒントを与えてくれるような本です。

もしかして、こんな風に撮影したんじゃないかなぁ・・・

写真集「フクロウ」では気づかなかったヒントがちゃんと書かれてありました。

「森の365日 宮崎学のフクロウ谷日記」は1992年に出版された本です。ですが、2025年でも十分通用する考え方がたくさん書かれてありました。

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今日は、「宮崎学先生著の「森の365日 宮崎学のフクロウ谷日記」を読みました」と題してのお話でした。

写真集「フクロウ」の写真の撮影時の日記です。

1992年に出版された本ですが、2025年でも十分通用するヒントや考え方がたくさん書かれてありました。

当たり前ですが、書物からすべてを得られるわけではありません。何事も自分でやらなければ何も得られませんからね。

本書は、私にとっては生きた教材であり、良い学びになりました

宮崎学先生、書物として残していただいてありがとうございました


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