先日、熊本県で震度7の地震が起こりました。熊本県には知り合いの大学の先生がいらっしゃり、ご無事かどうか心配です。
ただ、自身の被災の経験から、不要な連絡をとりますと電気や通信などの貴重なリソースが無駄に消費され、当事者にとって重要な情報が入手できなくなります。

落ち着いたら、ご連絡を差し上げたいと思っています
話は変わります。2025年、八丈島は台風22号と23号により被災しました。本土の方々はあの大災害を忘れているかも知れませんね。
特に台風22号は50年ぶりの被災をもたらすものでした。おそらく、八丈島史で最大の台風だったと思います。

あれから約10ヶ月経過しました。八丈島は観光客を受け入れてはいます。
見回しますと、台風22号の爪痕がいたるところで見られます。八丈島は台風22号前の状況までは回復していません。
多くの方々の努力で今日まで来ましたが、それでも元通りとは言えません。
今日は、「大きな被災を受けると社会が被災前の状況まで元通りになるのは時間がかかりますね」と題してのお話です。
三原山の土砂崩れとの遭遇
2025年10月9日に台風22号が通過し、八丈島は電線は切れ、水源は土砂で埋め尽くされました。停電・断水の始まりです。
相当なことが起きた事は何となくわかりました。風速が和らぎ、安全になったのを確認し、周囲を見ました。
土砂崩れがいたる所で起きていました。
いつ追加で落ちてくるか分かりません。山と「距離」を測る生活が始まりました。

回復を見るために、今も1ヶ月に1回のペースで定点撮影をしています。
八丈島の生活圏で見られた土砂崩れや倒木
電気・電波・水と全てが止まりました。情報は防災無線が頼りでした。
あまりにも情報が入りませんので、八丈島は大災害の真っ只中にあるということは、後々分かることになります。

当時はニュースにもなりましたね


あれから復旧作業が始まりました。
生活に使う道周辺は土砂や倒木で埋もれていました。大物は重機で細かいところは人力での取り除き作業が続きます。
現在(2026年7月29日)、登龍道路は通行止めです。下記の写真は通行止め前に撮影されたものです。
復旧作業が続きましても、人の力の限度を越えますと、さすがに元通りにはなりません。破壊された自然はそのままの姿で見ることになります。
倒木の嵐です。
その中で順位付けをして、生活圏に近い道路周辺から土砂や倒木を取り除いてきました。

作業に関わった多くの方々には本当に感謝です





倒木と金属スクラップの現在の行き先
八丈島では、台風による災害で発生した倒木は広い敷地に一時的に保管されています。ただ、その量は多すぎて今でも処分に困るくらいです。
写真は一部しか写っていませんが、広大な土地にびっしりと倒木が積み上げられています。

当時、多くの家屋やビニールハウスにも被害が出ました。金属系はまとめられてコンテナに詰められて、都心に輸送されているようです。

金属スクラップはどんな物かと言いますと、トタン、鉄パイプ、様々な建築材と本当に色々です。
想像して欲しいのですが、これらは台風通過後に「八丈島」に残ったものです。それ以外は同じような物が海まで飛んでいっています。
想像してほしいのですが、これらが台風通過中、1度空に飛びますと、時速100 km/hで移動します。死者0人は本当に奇跡だったのです。
台風22号、23号の被災から約10ヶ月経ちました。三原山は人の手が入らない部分は土砂崩れ跡がそのまま残り、緑と茶色のしましま模様のままです。
そして、人が復旧のために力を注いでも、今でも大量の倒木と廃材の山で、被災前の状況まで元通りになるのはまだまだ先の話に思われます。
下記の写真は台風22号、23号通過後に撮影したものです。



今日は、「大きな被災を受けると社会が被災前の状況まで元通りになるのは時間がかかりますね」と題してのお話でした。
写真を交えて、台風22号、23号で被災した土砂崩れや倒木跡の様子を紹介しました。生活圏の復旧のため、多くの方々のご尽力で倒木と廃材を取り除いてきました。
それでも、大災害だったため、今も被災前の状況まで元通りにはなっていません。
熊本県の震災は、八丈島の台風の被災とは状況は違いますが、私たちが経験したことと同じことが起きると思います。
ただ、長い道のりも継続しますと前に進みます。1日の復旧活動は必ず1日の復旧期間を短縮します。

熊本県の早期の復旧を願っています
実は、私の今の本業は、この倒木の近いところで働いています。山の倒木を見ながら、復旧とは何かを考えさせられています。
最後に、今も多くの方々が八丈島のいたる所で復旧活動を続けています。観光の方々は、作業のじゃまにならないよう遠くから見ていただき、社会や自然の復旧について思いを馳せていただければ幸いです。
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