コロナウイルスSARS-CoV-2の検出作業の難しさについて

八丈島の生活

今日は、いつもの八丈島のお話ではなく、今話題の感染性の高いウイルスについてです。

中国武漢市から始まったSARS-CoV-2の感染拡大は、国レベルから世界レベルになろうとしてます。テレビや新聞媒体のニュースだけでなくネットでもこの話題がない日はありません。医者が感染すれば非難され、検出ミスと言われて非難され、この問題に対して一生懸命対峙している方々には理不尽な扱いもされる場合もあります。

私は、医学関係の研究者ではありませんでしたが、西ナイルウイルスやマラリアを媒介する蚊の研究経歴があり、その実験の過程で分子生物学や生物化学の手法を利用していました。そんな元研究者のお話をさせていただきます。

ニュース記事ではPCR (Polymerase Chain Reaction)法は一般的な言葉になりましたね。ご存知かもしれませんが、耐熱性のDNAポリメラーゼを使ってDNAを増幅させる方法です。SARS-CoV-2はRNAウイルスなので、RNA抽出後、逆転写酵素でDNAにし、これを鋳型にPCRで増幅し、検出します。

言葉にするととても簡単そうで一般の方もそう感じるでしょう。実際、操作だけならば大学の学部4年生でもできます。

しかし、それは実験用のプラスチックチューブの中だけです。検出作業の難しさは、そのチューブの外側で起きる様々なことです。

SARS-CoV-2は解明されたウイルスではありません。ワクチンもこれから作る段階です。どこまで気をつければ感染を防げるかその線引きもわかっていません。インフルエンザでしたら感染を防げるのに、今回は医療関係者までもが感染してしまうのはそのためです。日々事象を集め対策を構築中の作業が続いています。

PCRまでの経路を想像してみてください。

  1. 感染何日目か不明の潜在患者と出会い、サンプルをとります。
  2. チューブに試料を移し、低温(すぐ実験をやる場合。)あるいは液体窒素で凍結保存します。SARS-CoV-2はRNAウイルスです。RNAはDNAに比べて不安定な核酸です。RNase(RNAを分解する酵素。どこにでもあります。)の混入を防ぐ意識を常に持ちながら、操作をします。
  3. 潜在患者がいるエリアから輸送車に移動します。
  4. 研究所に行きます。
  5. 実験室へ行きます。
  6. チューブの蓋を開けます。
  7. 酸性グアニジン・フェノール試薬をチューブにいれます。このときもRNaseの混入を防ぎながらの操作です。
  8. 逆転写酵素でRNAからDNAを作ります。以後、RNaseの混入によるRNAの分解は心配ありません。
  9. プライマー、Taq DNAポリメラーゼ、dNTPを入れてPCR法で増幅します(いろいろな方法があります。)。
  10. 検出操作。

ここまでで、潜在患者から採取した試料は何人の人とすれ違ったでしょうか?試料を採取した当人、移動中、車、研究所についたら守衛さん、受付、実験室内でしたら他の研究者。これらの全ての人に対して、絶対に感染させないという行動、操作を意識し続けてやり遂げなければなりません。また、どこまで感染が広がるかわからないため、おそらくベストの実験室で実験を行なっているはずです。

PCRを行う機械(サーマルサイクラーといいます。実験手法によってはリアルタイムPCRかもしれません。)はどこの大学や研究機関でもあるでしょう。操作は難しくありません。でも、チューブの外側は他人に対して常に感染を防ぐ戦いです。これに耐えうる研究施設はどこにでもあるわけではありません。また、ルーチンワークではないはずなので、心身の消耗は想像以上と思ってください。苦しい瞬間の連続が続いているのです。

検出できなかったということに対しても批判がありました。SARS-CoV-2のウイルスタイターが高い場合は検出は容易でしょう。では、試料を採取した時が感染の本当の初期だったら?ウイルスタイターが極めて低い、つまり鋳型のDNA断片の数が少なすぎたら、バックグラウンドに埋もれてしまいます。PCRといえども検出が難しくなってしまうのです。

テレビ、新聞、インターネットは、私たちに重要な情報伝達してくれる大切な手段です。ですが、記載されている以外のことも沢山あります。私たち一般人は、直接は何もできませんが、少しでも検出作業に関わっている方々や医療関係者の方々が安心して仕事ができる社会の仕組みを手助けしましょう。

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